LEGACY of SPORT Vol.7 専修大学スポーツ研究所公開シンポジウム2014
「2020年東京オリンピック・パラリンピックの成功に向けて−スポーツを通して考えるイノベーション−」
2013年9月8日早朝(日本時間)、アルゼンチンのブエノスアイレスで開催された国際オリンピック委員会(IOC)の総会において、Jacques Rogge 会長から、“TOKYO”と発せられた瞬間、日本中が歓喜に沸いたのは記憶に新しい。2020年第32回夏季オリンピック・パラリンピックの、東京開催が決定した瞬間であった。 東京では2回目の開催となるオリンピックであるが、実は世界から大変大きな注目を集めている。過去に夏季オリンピックを2回以上開催した都市は幾つかあるが、最も大きな理由は、パラリンピックの開催が2回目を数えるのは、今回の東京大会が初めてとなるからである。 現在のパラリンピックのルーツとされるのは1948年よりイギリスで始まったストーク・マンデビル大会であり、1960年のローマオリンピックの時からオリンピックの時期に合わせて開催されるようになった。そして4年後の1964年、その国際ストーク・マンデビル大会が東京で開催されるのを機に初めてパラリンピックと名付けられ、オリンピック閉会式の2週間後より、同じ会場を用いてパラリンピックが開催されたのである。 2012年のロンドンオリンピック・パラリンピックは、日本人選手の活躍もあり日本国内外を通じて盛り上がり、世界的にも成功裏に終わったと評価の高い大会となった。要因は幾つか考えられるが、その一つに挙げられるのがパラリンピックの成功である。パラリンピックもオリンピック同様、どの会場も満員の観客で埋め尽くされたのである。そのルーツの都市であり、元々人々の関心が高い土壌ということもあるだろう。ただ、それだけではない。スポーツにおいて科学技術先進国であるイギリスは、国をあげてパラリンピック・スポーツの研究開発を積極的に推進している。その結果、パラリンピック大国として国際的にも非常に競技力の高い多くのパラリンピアンを輩出しており、その選手らが広報活動の一役を担うことで、社会に大きなメッセージを届けているのである。 2020年東京オリンピック・パラリンピックの成功のカギは、まさにパラリンピックといえよう。そのルーツであったイギリス、ロンドンでの成功をおさめたパラリンピック、2年後にはリオデジャネイロで初の南米開催、そしてその次は、世界で初めて2回目の開催を迎える東京である。社会にどのようなレガシーをもたらすことができるのか、このシンポジウムを通して考えてみたい。 |
|
大きな地図で見る |
添付ファイル | 📎 LEGACY of SPORT Vol 7 専修大学スポーツ研究所公開シンポジウム2014.pdf |
---|
会員情報閲覧のためのご登録(未登録の方)
会員専用情報の閲覧は、会員様(大学会員・個人会員・賛助会員)限定となります。
※初めてご利用される場合はご登録が必要となります。
※入会案内はこちらをご覧ください。